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浦和地方裁判所 平成2年(行ウ)11号 判決 1992年11月30日

埼玉県浦和市東岸一〇番二四号

原告

亡高橋清吉訴訟承継人 高橋清五郎

右同所

高橋静代

同市前地二丁目一〇番二二号

高橋清斗

原告ら訴訟代理人弁護士

原誠

正田茂雄

同市常盤四丁目一一番一九号

被告

浦和税務署長 菊地幸久

右指定代理人

小磯武男

仲田光雄

小柳稔

菅村敬二郎

萩原一夫

山畑正

奥原康之

大島富司

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告が原告に対し平成元年二月八日付けでした昭和六〇年分以後の所得税に係る青色申告書提出承認取消処分(以下「本件処分」という。)を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  訴訟承継前の原告亡高橋清吉(以下「清吉」という。)は、肩書地において不動産賃貸業を営んでおり、被告からその所得税につき青色申告書提出の承認を受けていた者であるが、被告は清吉に対し平成元年二月八日付けで、「所得税法第一四八条第一項に規定する帳簿書類の備付けがない。」ことを理由として、昭和六〇年分以後の所得税に係る青色申告書提出の取り消す旨の本件処分をした。

2  しかしながら、本件処分は誤認した事実をもとにしてされたものであり、処分に附記された理由も不十分であるから、違法である。

3  清吉は被告に対し、平成元年三月七日付けで、異議申立てをしたが被告は同年六月七日付けでこれを棄却する旨の決定をした。そこで、清吉は国税不服審判所長に対し、平成元年七月三日付けで審査請求をし、国税不服審判所長は平成二年二月一六日付けでこれを棄却する旨の裁決をした。

4  清吉は、本訴提起後の平成三年三月三〇日死亡し、原告らが相続によりその訴訟上の地位を承継した。

よって、原告らは被告に対し、本件処分の取消しを求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1の事実は認める。同2の主張は争う。同3の事実は認める。同4の事実は不知。

三  被告の主張

1  本件処分の根拠

(一) 被告は、清吉の昭和六〇年分から同六二年分までの所得税につき調査をする必要があると認め、浦和税務署所属の特別国税調査官・戸叶博(以下「戸叶調査官」という。)にその調査を命じた。

(二) 戸叶調査官は予め所得税の調査のため訪問する旨を連絡したうえ、昭和六三年一〇月三日清吉方に臨場した。しかし、清吉は病弱のため対応できないということであり、代わりに清吉の長男の妻である原告高橋静代(以下「原告静代」という。)と税理士・大崎辰夫が対応したので、戸叶調査官は帳簿類の提出を求めたが、右両名はこれに応じなかった。そこで、戸叶調査官は、次回の調査日を同月二六日とすることにして、この日には清吉の青色申告帳簿、不動産所得に関係する預金通帳、不動産の賃貸借契約書等を用意しておいてほしい旨を要請して清吉方を辞去した。

(三) 指定の同月二六日、戸叶調査官は再度、清吉方に臨場し、原告静代と大崎税理士が対応したので、先に指示しておいた帳簿書類の提出を求めた。しかし、両名が指示したのは清吉が賃貸している不動産のうち、「高橋コーポ」(賃貸アパート)に関する賃貸借契約書のみであり、そのほかの賃貸借契約書、青色申告帳簿、不動産所得に関係する預金通帳等の提示はなかった。

(四) その後も、戸叶調査官は帳簿書類の提示があればいつでもこれに対応する用意をしていたが、清吉からは全くその提示がなく、調査開始から約四か月を経過した時点で、被告は、右帳簿書類の不提示を青色申告に係る義務違反と認め、本件処分をしたものである。

(五) 以上の経過からして、被告は、本件処分当時清吉について青色申告書提出承認に係る帳簿書類は存在しないと推認したのであるが、仮に、これが存在していたとしても、清吉が、戸叶調査官からの請求があるのに、これを提示せず、提示しなかったことにつき正当な理由がないことは右経過事実に照らして明らかである。青色申告制度は、申告納税制度のもとにおいて、納税義務者に対し帳簿書類を備え付け、取引を正確に記録し、これを基礎として正確な所得を計算し、申告することを奨励することにその趣旨があり、この点の実効性を確保するために、青色申告書提出承認を受けた者に対しては一定の帳簿書類の備え付けを義務づける一方、税法上のいろいろの特典を与えている。そうであるとすれば、所得税法第一四八条第一項の規定にいう帳簿書類の備付け等とは、税務職員が必要に応じていつでもこれを閲覧し得る状態にしておくことを意味し、税務職員が、税務調査に際し、所得税法第二三四条の規定に基づき帳簿書類の提示を求めた場合にはこれに応ずべき義務をも当然に包含すると解すべきである。したがって、青色申告書提出承認を受けた者が、税務職員からの要求があるのに、帳簿書類を提出せず、提示しないことにつき正当な理由がない場合は、所得税法第一五〇条第一項第一号に該当するということができる。

以上の次第であるから、被告が清吉について右法条に該当する事由があると判断し、清吉の昭和六〇年分の以後の所得税に係る青色申告書提出承認を取り消した本件処分は適法である。

2  本件処分に係る理由附記について

青色申告書提出承認取消処分については、処分の通知書に取消しの基因となった事実とその事実が所得税法第一五〇条各号のいずれに該当するか附記すれば足りるのであって、それ以上に右事実がなにゆえに右各号に該当するかについての税務署長の判断を示すことまでは必要としない。本件処分については、その通知書に「所得税法第一四八条第一項に規定する帳簿書類の備え付けがない。」として、所得税法第一五〇条第一項第一号の取消事由に該当する取消しの基因となった事実が記載されており、これによって処分理由は明白であり、理由附記に欠けるところはない。

四  原因の反論

1  清吉は、戸叶調査官による調査を受けた当時、すでに八七歳という高齢に達しており、自宅で病気療養中のため直接応対することができなかった。そこで、原告静代と大崎税理士が代って応対したのであるが、帳簿書類については清吉でなければ詳しいことが分からなかった。そこで、原告静代は、戸叶調査官に対し、清吉の気分が良い時を見計って事情をよく説明し、必要な帳簿書類を取り揃えておくので、しばらく猶予をしてほしい旨を要請した。戸叶調査官が二回目に来訪した際、原告静代は、清吉に質してそれまでに所在が分った「高橋コーポ」関係の賃貸借契約書を提示したのである。それにもかかわらず、原告が本件処分をしたのは、右二回目の調査の際、大崎税理士と戸叶調査官との間に、支払利息が不動産所得の計算上、必要経費に含まれるかどうかについて議論があり、戸叶調査官がやり込められてしまったため、その報復のためである。

2  青色申告書提出承認の取消処分に附記されるべき理由には、これ自体によって、処分の相手方が、処分の基になった事実が何であるかを具体的に知りえる程度に明記されていなければならない。ところが、本件処分の理由としては「所得税法第一四八条第一項に規定する帳簿書類の備付けが無い。」とのみ記載されているだけであり、これからでは処分の相手方としてはその基因事実が何であるかを具体的に知ることはできず、理由附記として不十分である。

三  証拠

本件訴訟記録中の「書証目録」及び証人等目録」の記載を引用する。

理由

一  本件処分及びこれに対する行政不服申立て等に関する請求原因1、3の各事実は当事者間に争いがなく、原告らによる訴訟承継に関する同4の事実は本件記録上明白である。

二  そこで、本件処分の適否について判断する。

いずれも成立に争いのない甲第一号証、乙第四号証、証人戸叶博の証言、原告静代の本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

1  被告は、清吉の昭和六〇年分から同六二年分の不動産所得について申告漏れがあること、とくに必要経費中には借入金利息が多く含まれているが、清吉には多額の借入金債務があり、右借入金利息中には不動産収入とは対応しない借入金に対する支払利息が含まれているのではないかという点について疑問を抱き、浦和税務署所属の戸叶調査官に対し清吉についての税務調査を命じた。

2  清吉の青色申告書による所得税の確定申告については税理士・大崎辰夫が代理人となっていたので、戸叶調査官は、予め大崎税理士に連絡したうえ、昭和六三年一〇月三日、税務調査のため清吉が経営する「新山スイミング」の事務所を訪問した。しかし、清吉は病気のため応対できないということであり、代わりに大崎税理士と清吉の長男の妻である原告静代が応対した。そこで、戸叶調査官は、身分証明書と質問調査書を提示して、身分を明らかにしたうえ、来意を告げ、清吉の青色申告帳簿、不動産所得に関する預金通帳、不動産の賃貸借契約書、経費等の領収書の提示を求めたが、原告静代は、清吉は年寄りで、気難しく帳簿書類を提示するよう説得するのには手間がかかるので、直ちには提示できないという理由で、この日は帳簿書類の提示を断った。そのため、戸叶調査官は右両名に対して、次の調査日を同月二六日とするので、この日には帳簿書類の用意をしておいてほしい旨を要請し、辞去した。

3  約束の同月二六日、戸叶調査官は再度、前記「新山スイミング」の事務所を訪問したところ、この日も清吉は応対せず、原告静代と大崎税理士の事務員が応対した。そこで、戸叶調査官は、早速、帳簿書類の提示を求めたが、原告静代からは清吉が経営する賃貸アパート「高橋コーポ」関係の賃貸借契約書のみ提示され、そのほかの帳簿書類については清吉が病気のためどこにあるのか分からないという理由で提示されなかった。しかし、戸叶調査官は、清吉がすでに高齢に達しており、その所有の不動産は実際には清吉の長男夫婦が管理しているので、帳簿書類が存在するとすれば、長男夫婦が保管しているはずであるのに、提出できないということには納得がいかなかった。

4  そうとは言っても、ほかに帳簿書類が提出される気配はなかったので戸叶調査官は、清吉の取引先や取引銀行を調査して収入金額を把握し、大崎税理士を通じて経費に関係する領収書の綴りや計算メモの提出を受けて所得金額を算定するなどの作業を行い、これが一段落した時点で原告静代と大崎税理士に来庁を求め、調査結果について説明したうえ、青色申告に関する帳簿書類の提示がないと青色申告書提出承認の取消事由になり得る旨を告げたが、その後も、右帳簿書類の提示はなかった。そのため被告は、結局のところ、清吉については右帳簿書類の備付けないものと判断し、本件処分をするに至ったものである。

以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

右事実によれば、被告が清吉についてその青色申告に係る帳簿書類が存在しないと認定したのは相当であって、原告らが本件訴訟の段階に至っても、これが存在する旨の主張を全くしておらず、存在することの証拠として、帳簿書類を提出することもしないことは被告の右認定が事実であることを物語るものである。そして、青色申告書提出承認を受けた者が所得税法第一四八条第一項に規定する帳簿書類の備付けをしないことは同法第一五〇条第一項に挙げる右承認の取消事由に該当するわけであるから、被告が清吉に対し右帳簿書類の備付けがないことを理由としてした本件処分は適法であるということができる。

三  前示甲第一号証によれば、被告が清吉にあてた本件処分に係る通知書には処分事由として「所得税法第一四八条第一項に規定する帳簿書類の備付けが無い。」ことを挙げ、これが所得税法第一五〇条第一項に該当する旨記載されていることが明らかであるところ、原告らは、これだけでは処分に係る理由附記として不十分である旨主張する。しかしながら、被告が右通知書において青色申告書提出承認の取消事由として挙げているのは清吉については所得税法第一四八条第一項に基づき大蔵省令で定める帳簿書類の全部の備付けがないというものであり、右帳簿書類のうち何かが欠けているとか、不備であるというのではないのであるから、本件処分に係る理由附記としては、右の程度の記載で足り、処分の相手方においてもこれによって十分に処分の理由を知り得るものということができる。

四  よって、原告らの本件請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条、第九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大塚一郎 裁判官 小林敬子 裁判官 佐久間健吉)

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